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宇都宮地方裁判所 昭和50年(ワ)415号 判決

主文

原告らの請求はいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

被告らは、各自原告稲葉正司に対し金七六五万六、三一〇円と内金六九六万六、三一〇円に対する、原告稲葉リヨに対し金七二〇万二、三一〇円と内金六五五万二、三一〇円に対する各訴状送達の翌日より支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告らの負担

仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

請求棄却

訴訟費用は原告らの負担

第二当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

(一) 日時 昭和五〇年一月一八日午前七時一〇分ころ

(二) 場所 小山市大字網戸一、〇九二番地県道々路上

(三) 加害車 普通貨物自動車(栃八八い二九。3トン積)

運転者 被告小平松吉

(四) 被害車 原付自転車(小山市く一〇五。)

運転者 訴外亡稲葉栄子

(五) 事故の態様 正面衝突

(六) 結果 訴外亡稲葉栄子は加害車の右側前部に接触転倒し死亡した。

2  被告小平の過失責任

(一) 本件事故現場の状況

本件事故現場は間々田方面から寒川方面に東西に通ずる県道々路上であつて、該道路はアスフアルト舗装された平坦な道路であるが寒川方面に向つて緩くカーブしていること、該道路にはセンターラインの表示はなく歩車道の区別もないが道路両側端に幅一五センチメートルの白線が引かれておりその内側車道部分は事故現場付近で三・九メートルであること、右白線の外側は路肩となつていて右道路の南側の路肩は幅約九〇センチメートルであり更にその南側は田である。

(二) 本件事故の発生状況

(1) 被告小平は、本件加害車を運転し、本件事故現場付近を寒川方面に向つて時速六〇キロメートルの速度で西進中進路前方約六〇メートルの地点に対向してくる訴外亡稲葉栄子運転の被害車を発見したこと、かかる場合大型貨物自動車を運転する運転者は道路の幅員、自己車両の車幅を考慮し、直ちに減速徐行し対向してくる車両の動静に注意を払うべき義務があるところ、これを怠り漫然同一速度で進行していたため、危険回避の措置をとる暇もなく、加害車の右側前部付近と被害車の前輪を接触させて本件事故を発生させたものである。

(2) 更に付言すれば、本件道路は幅員が狭く、寒川方面に向つて緩くカーブしていたから時速六〇キロメートルの速度で進行していた加害車は遠心力の作用により道路の中心線を越えていたものと考えられる。

現に、被告小平の指示説明によれば、同被告が被害車を発見した地点は明らかに加害車が道路の中心線を越えているところである。

そして、本件衝突後、被害車及び被害者の転倒位置からすれば、加害車との衝突地点は寒川方面に向つて道路の右側側端寄りの地点と考えられる。

また、本件事故現場に残存していたズリ痕は被害車のものではない。

すなわち、被害車が加害車に衝突した衝撃は非常に強かつたものと考えられるから、被害車も被害者もその場に転倒した筈であり、衝突地点から七・九メートルも走行した後転倒することはあり得ない筈である。

したがつて、甲第一号証の一の実況見分調書記載の衝突地点はズリ痕を被害車のものと前提して作図したものに過ぎない。

仮に、加害車が警笛を吹鳴したならば被害車はこれに対応する筈であり、もし効果がないと判断したときは再度吹鳴し、急停車或るいは衝突を回避するため左に転把する等の措置がなされるべきである。

しかるに、被告小平はこれらの措置をとつた形跡がない。

3  被告連合会の責任

被告連合会は、本件加害車の保有者であり、これを自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により訴外亡稲葉栄子及び原告らの被つた損害を賠償すべき義務がある。

4  損害

(一) 訴外亡稲葉栄子の損害

(1) 逸失利益 金一、三三九万円

訴外亡稲葉栄子は、本件事故当時満二四歳の女子であつて、訴外古河アルミニウム工業株式会社小山工場に勤務していたものであるが、同訴外会社より支給を受けていた事故直前三カ月間の平均月額給与は金七万〇、七七三円であり、昭和四九年一二月の賞与は金一八万〇、〇四七円を得ていたものである。しかして、右訴外会社においては年二回同額の賞与を支給しているので、賞与総額は金三六万〇、〇九四円である。よつて、訴外亡稲葉栄子の生活費二分の一を控除すると、年間の逸失利益は金六〇万四、六八五円となる。

ところで、右訴外会社における女子従業員の停年は五〇歳であるから同訴外会社において稼働し、得たであろう逸失利益の、現価は金九八九万円である。

604,685円×16.37(ホフマン係数)=989万円(1万円以下切捨)

次に、厚生省昭和四八年簡易生命表によれば、二四歳の女子の平均余命年数は五三・四六年であるから、同訴外人は本件事故がなければ少なくとも満六七歳まで稼働できた筈である。

よつて、同訴外人の停年後六七歳までの逸失利益については、昭和四八年賃金センサス第一巻第二表の産業計、企業規模計、女子労働者の新制高校卒業者の平均賃金によるのが相当である。

右計算についても、二分の一の生活費を控除しホフマン式係数を乗じて現価を算出すると、次のとおりである。

50歳~54歳 金一二二万一、四五〇円

55歳~59歳 金一〇七万三、〇九二円

60歳~64歳 金七四万六、七〇八円

65歳~67歳 金四六万五、三一二円

合計金三五〇万円(一万円以下切捨)

(2) 退職金 金一七三万円

前記訴外会社では退職金給付に関する規則を制定し、五〇歳まで勤務した従業員に対し金四〇〇万円の退職金を給付する旨定めている。

よつて、訴外亡稲葉栄子は右金員に対する現価金一七三万八、八〇〇円を喪失したこととなるので内金一七三万円を損害として請求する。

(3) 慰藉料 金三〇〇万円

(二) 原告らの相続

原告らは訴外亡稲葉栄子の実父母であつて、同訴外人の前記損害合計金一、八一二万円の賠償請求権を相続分に応じて相続した。

(三) 原告稲葉正司の積極損害

(1) 死後処置料等 金一万四、〇〇〇円

但し、医療法人小山西病院に対する支払。

(2) 葬儀費用 金四〇万円

(四) 原告らの慰藉料 各金二五〇万円

5  損害の填補

原告らは栃木県共済農業協同組合連合会より自賠責共済保険から金一、〇〇一万五、三八〇円の支払を受けたので、これを折半し各金五〇〇万七、六九〇円を訴外亡稲葉栄子の逸失利益相続分の一部に充当する。

6  弁護士費用

原告稲葉正司につき金六九万円

原告稲葉リヨに対し金六五万円

7  結論

被告らは各自、原告稲葉正司に対し金七六五万六、三一〇円と内金六九六万六、三一〇円に対する、原告稲葉リヨに対し金七二〇万二、三一〇円と内金六五五万二、三一〇円に対する各本訴状送達の翌日より支払ずみに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因第1項の事実は認める。

2  同第2項(一)の事実は認める。

同項(二)の(1)の事実中被告小平が本件加害車を運転し、本件事故現場付近を寒川方面に向つて時速六〇キロメートルの速度で西進中であつたこと、本件被害車と接触して事件事故が発生したことは認めるが、その余の事実は否認する。

同項(二)の(2)の事実中加害車を運転していた被告小平が被害車の対向してくるのを発見した地点が、道路の中心線を三〇センチメートル位越えていたことは認めるが、その余の事実及び主張はいずれも否認する。

3  同第3項の事実中、被告連合会が、本件加害車の保有者であることは認めるが、本件事故につき自賠法第三条の責任があることは争う。

4  同第4項の事実中

(一)の(1)の事実は不知。

(一)の(2)は争う。

(一)の(3)は争う。

(二)の事実中原告らが訴外亡稲葉栄子の実父母であることは認め、その余は争う。

(三)の(1)、(2)は認める。

(四)は争う。

5  同第5項の事実は認める。

6  同第6項は争う。

7  同第7項は争う。

第三過失相殺の抗弁

訴外亡稲葉栄子の過失

自動車の運転者たるものは、通行区分を遵守することはもとより道路事情或るいは交通の状況に応じて適切な速度をもつて自動車を運転し、ハンドル、ブレーキその他の装置を確実に操作し事故の発生を未然に防止すべき義務があるところである。

しかるに、訴外亡稲葉栄子は本件被害車を運転して幅員約四メートルの本件道路を進行中車幅約二メートルの本件加害車が対向してくるのを認めたのであるから、自己の通行区分を遵守し、適宜減速したうえ本件加害車の動静に注意を払いこれと接触することなきよう事故の発生を未然に防止すべき義務あるところ、これを怠り漫然ハンドル操作の自由のきかない程度の高速のまま進行し、加害車との車間距離が約三〇メートルに接近した地点で突然加害車の進行車線に進入してきた過失があり、これにより本件事故が発生したものである。

したがつて、被告小平にとつて、被害車が俄に自己の進行車線に進入してくる事態は予測し得ないところであるから、本件事故発生の大部分の責任は訴外亡稲葉栄子にあり、仮に被告小平に過失があつたとしても、その程度は三五パーセントを越えることはない。

第四抗弁に対する認否

否認

第五証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因第1項の事実は当事者間に争いがない。

二  被告らの責任

原告らは、右衝突事故によつて訴外亡稲葉栄子及び原告らの被つた損害につき被告連合会に対し自賠法第三条に基づき、被告小平に対し民法第七〇九条に基づき各賠償の請求するところ、被告らは右事故の発生は、訴外亡稲葉栄子の一方的過失に基づくものであると抗争するので判断する。

1  本件事故現場の状況が原告主張のとおりであることは当事者間に争いがない。

2  本件事故発生の状況について

請求原因第2項(二)の(1)、(2)の事実のうち、被告小平が、本件加害車を運転し、本件事故現場付近を寒川方面に向つて時速六〇キロメートルの速度で西進中本件被害車と接触して本件事故が発生したこと、被告小平が対向してくる被害車を発見した地点が、道路の中心線を三〇センチメートル位越えていたことは当事者間に争いがない。

成立に争いのない甲第一号証の一、二、証人大島理一の証言及び被告小平松吉本人尋問の結果並びに、右争いのない事実を総合すると、被告小平は、被告連合会間々田営業所に自動車運転者として勤務しているものであるが、事故当日飼料運送専用の本件加害車に三トンの飼料を積載してこれを運転し、途中二トンを下ろし、残りを小山市寒川方面に運搬するため時速六〇キロメートルの速度で本件事故現場付近に差し掛つたこと、その際進路前方約六〇メートルの地点を時速約四五キロメートル位の速度で対向してくる被害車を発見したこと、しかして、被告小平は本件事故現場付近の幅員が三・九メートル位で比較的狭く、本件加害車の車幅は一・九五メートルであるため若干センターラインを越えて進行していたが、右対向車を発見したので直ちにハンドルを左に切つて右加害車を自己の進行車線に戻したこと、しかるに、被害車を運転していた訴外亡稲葉栄子は下向きのまま運転していて加害車の接近に気付かず、道路の中心線を越えて進行してくる気配が感ぜられたので、警笛を吹鳴し、若干減速しながら進行したところ、被害車は道路の中心線を越えたまま進行してきて加害車の右前部に衝突したこと、その結果加害車は更に九・三メートル進行して道路南側の路肩に左車輪を落して停車し、被害車はその進行方向左前方七・九メートルの道路北側外側線付近に転倒して停車し、訴外亡稲葉栄子は左前方九・六メートルの道路北側路肩に転落したこと、そして、本件衝突地点及び被害車の転倒地点には被害車の風防ガラスの破片が散乱していたこと、また衝突地点の道路面には被害車の車輪によるズリ痕が一・一メートルの長さにわたり認められたこと、右衝突地点は本件道路の南側外側線より一・八メートルの地点であり右道路の中心線より加害車の進行車線に一五センチメートル位入つた地点であることが認められる。

右認定に反する原告稲葉正司本人尋問の結果は遽に措信し難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

もつとも、被告小平が作成したことに争いのない甲第九号証には、加害車が衝突時点において道路の中心線を越えていたことを被告小平自ら認めている記載部分があるけれども、前掲各証拠と対比して右記載部分は遽に措信し難く、また被告本人尋問の結果によれば、右記載部分は被告小平の真意に基づくものとは認められないので、同号証の記載は前記認定の妨げとならない。

3  以上認定の事実によれば、本件加害車と被害車との衝突地点は加害車の進行車線に属し、被害車が道路の中心線を越えたため本件事故が発生したことは疑いの余地がないところである。

すなわち、本件道路の幅員は本件事故現場付近において三・九メートルであり、本件加害車の車幅は一・九五メートルであつて、加害車はその進行車線に同車両を戻しているところであるから、反対車線である被害車の進行車線には二メートル前後の余裕があつたところである。

したがつて、被害車を運転していた訴外亡稲葉栄子において前方の注意を怠らない限り安全にすれ違うことができたところである。

したがつて、訴外亡稲葉栄子が下向きのまま本件被害車を運転し進路前方の注意を怠り道路の中心線を越えて進行したことによつて本件事故が発生したものといわなければならない。

しかして、成立に争いのない甲第一二号証の一ないし三は、いずれも本件事故後一年経過した昭和五一年一月一八日の午前七時前後における本件事故現場付近の状況を訴外亡稲葉栄子の進行方向から撮影したものであつて、同号証の三は、本件事故現場のカーブ地点を本件事故発生時刻と同一時刻に撮影したものであるが、同号証によれば、本件事故当時本件被害車を運転していた訴外亡稲葉栄子は、折りしも日出直後の陽光を真正面に受けることとなり、進路前方を直視することが困難な状況にあつたことが窺えるところである。

ところで、大型自動車を運転する運転者は、本件事故現場付近の道路の如く緩くカーブしており比較的狭い道路において対向車とすれ違うに際しては、道路の中心線を越えないよう注意することはもとより対向車の動静に注意を払い対向車が自己車両の接近に気付かず漫然道路の中心線を進行してくるような場合には警笛を吹鳴して注意を促し適宜減速して接触の危険を未然に防止すべき義務があるところである。

しかるに、訴外亡稲葉栄子が進路前方を正視することなく下向きのまま道路の中心線を越えて進行する気配が感じられたとき加害車との車間距離は未だ三〇メートル前後あつたことは前記認定のとおりであるから、被告小平は再三にわたり警笛を吹鳴して警告を発し速やかに相当の減速措置をとるなど事故の発生を未然に防止すべき義務があるところ、一度警笛を吹鳴し若干減速をしたのみで漫然進行した過失が認められ、右過失もまた本件事故発生の一因をなしているものと認めるのが相当である。

そこで、訴外亡稲葉栄子と被告小平の過失割合を比較すると、およそ八対二と認めるのが相当である。

そうすると、被告小平は民法第七〇九条に基づき被告連合会は、本件加害車の保有者であつて本件事故当時その運行の用に供していたものであるから自賠法第三条に基づき、連帯して訴外亡稲葉栄子及び原告らの被つた損害につき二割の限度で賠償の責任があるものといわなければならない。

三  本訴請求について

原告らの本訴において請求する金額は、次のとおり合計金二、三五三万四、〇〇〇円である。

1  訴外稲葉栄子の逸失利益 金一、八一二万円

2  原告稲葉正司の積極損害 金四一万四、〇〇〇円

3  原告らの慰藉料 金五〇〇万円

そうすると、右1及び2の請求が仮に全額認容されたとしても、その二割にあたる金額は金三七〇万六、八〇〇円であること計算上明らかであり、これに3の慰藉料を全額加算しても金八七〇万六、八〇〇円である。

しかして、原告らが栃木県共済農業協同組合連合会より自賠責共済保険から金一、〇〇一万五、三八〇円の支払を受けたことは原告らの自認するところであるから、原告らは被告らに請求し得る損害賠償額を上廻る損害填補を既に受けているものといわなければならない。

四  結論

しからば、原告らは、被告らに対し本件事故による損害を請求することは許されないものというべく、本訴請求は失当として棄却するほかなく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 新海順次)

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